「出る杭を打つ」日本の可能性

2021年のノーベル物理学賞を受賞した、気象学者の真鍋淑郎さんの記者会見を皆さんは見られましたか?
彼は、記者が「なぜ日本からアメリカ国籍に変えたのですか?」という問いに対して、彼は下記のように答えました。

「日本人はいつも互いに迷惑をかけまいと気を使います。とても好調的な関係を結ぼうとします。日本人がお互いにうまくやっていく大きな理由がそこにあります。

アメリカでは私は好きなことができる。周囲がどう感じるかは気にしない。人を傷つけないとは思わないが、他人の考えを観察したりもしない。アメリカでの暮らしは素晴らしい。
私のような研究者はしたいようにできる。上司は私の好きなようにしてくれた。コンピューターは使いたい放題。
日本に帰らないことの理由のひとつは、私は協調的に生きることができないから。」

https://youtu.be/N-fmGcj_b-c


会場からは、彼の発言をジョークとうけとったのか、笑いがおきましたが、日本のいくつかのメディアでは、日本の研究者が育ちにくい同調圧力がある状態に対する問題意識として取り上げられました。

皆さんはどう思われますか?

私ははじめは、自分が海外に行っていた時に感じた、人目を気にしなくてよい解放感と、日本で生きる窮屈さを思い浮かべ、真鍋氏の発言に共感しました。

ノーベル賞を受賞する程、実力のある真鍋さんでさえ、したいことがやりにくい状態があるのなら、一般の人はどれくらいチャレンジしにくい状態だろうか、と。
チャレンジ精神を潰してしまう日本の「出る杭は打たれる」文化に嫌気がさしました。

ただ、衝撃だったのが、この真鍋さんの一件に関しての令和哲学者 Noh Jesu氏の解析です。


彼は、言います。

「出る杭を打つ」日本の文化は本物を育てる文化だ。
西欧は個人主義をスタートさせたけれど、個人主義の完成はなかった。
完成した個人は、どんだけ打たれたとしても折れることはない。むしろ打たれることにより、よりもっと!と自己研鑽し、本当に出る杭になってしまう。
今の世界の問題を解決し、世界をまとめることができる唯一無二の集団が、全体主義と個人主義の限界を補うことができる日本から始まる共同体主義だ。本物はどんだけ打たれてもつぶれない。日本の出る杭を打つ文化は、日本は本物を育てる文化だ。



出る杭を打つ文化は、日本は本物を育てる文化、、、

そんな風に日本文化を解析することができるのか、、、、(@_@)!!!!

多くの日本人、そして海外の人も、日本の「出る杭は打たれる」を、全体主義的に捉えてマイナスに観がちですが、Noh Jesu氏はが観ている日本は、全体主義でも個人主義でもなく、その両方の弱点を補う、今まで私たち人間がなしえなかった全く新しいイメージ。

彼は続けて語ります。

日本の明治維新は、世界で最も学ぶべき歴史だ。
それまで命以上に大事にしてきた刀をおいて、日本一丸となって西洋に学び、短期間で日本は西洋を超えた。

日本を恐れた西洋列強は、徹底的な日本潰しにでて、日本はABC包囲網で第2次旋回大戦に進まざるを得なくなり、原爆を落とされて、天皇の人間宣言、そしてバブル爆弾をおとされた。それにも関わらず日本はアメリカを恨んでいない。
こんなことは他の民族にはできない。
日本は本当は自信があるんだ。

と。

今までの日本の見方が180度、いや、360度ひっくりかえるような解析。

私は彼の日本の解析に胸が震えました。

「日本は出る杭は打たれるけど、アメリカは自由だ」と一見思いがちですが、彼の発言を聞きながら思うことは、出る杭を打つのは世界中で行われていること。
明治維新で世界の出る杭となった日本をアメリカや西欧列強が打つ。
そうやって、私たち人類は、ずっと出る杭をうちながら足の引っ張り合いをしてきた。

ただ、実は出る杭を打つ文化は、本物を育てる愛だったんだ、と。

私たち人間は、みんな判断基準、観点がバラバラで、秩序が作れない問題を、王様の時代は全体主義で、王様1つの観点で無理やり暴力でまとめてきました。
そこから「王様だけが優先されるなんておかしい!」と、民主主主義革命をおこし、個人主義になった。一見、王様のころよりは自由だけれど、、ひとり一人の観点を認めるので、観点が無限大になって、収拾がつかない。みんなが孤独。

アメリカが素晴らしいのであれば、なぜアメリカで生まれ育った個人によって、今アメリカでも様々な問題がおきているのか?

世界、日本は、本物の出現を待っている。
出る杭をうちながら、待っている。

胸が震えた。












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